『あとちょっとあれば
あと、ちょっと早くに気づいていれば。
そんな貴方の願い、かなえます。』
―――そういう人たちが、居るらしい。
『時計の話』
「こんにちは」
いつ出現したかも分からないその青年は少年の行方をさえぎるように立ちはだかり、軽く――しかし至極胡散臭そうな――笑みを浮かべた。
意味が、分からなかった。突然現れてなんだこいつは。
とりあえず、邪魔だ。今はこんなやつにかまっている暇はない。
しかしそうおもって自転車の方向を変えても、彼はその先に居た。
動いた気配は無かったのに――いや、そんなことはどうでもいい。
「どけ」
「まあまあ、ちょっとまってくれないかい」
「うるさい、どけ!間に合わない!」
「何に?」
「何って電車だよ!!いいからどけよ!あとちょっとしかないんだ!」
苛々して怒鳴る少年に、青年は目を丸くして
「…そうかな?だってほら、あそこでとまってるよ」
と、さらに意味の分からないことを言った。
しかしその青年が指差す先を目でなぞれば――
確かに、緑の車体をもったその電車は山の中腹のカーブの途中で不自然にも動きを止めていた。
いや、とまっていたのは電車だけではない。
少年はそのときやっと気づいた。
いつのまにか世界がとまっていた。
何も音がしなくなっている。
風がとまっている。
煽られて宙をまっていたはずの葉がその虚空で動きを止めている。
セミが鳴いていない。
遠くから聞こえていても可笑しくない、少年と同じような子供達のはしゃぎ声も――
なにもかもがとまっていた。
一気に心拍数が跳ね上がる。その音だけが、鼓膜を刺激する。
「ね、平気でしょ。」
しばらくして、やっと少年の耳に鼓動以外の音が聞こえてきた。
「な…なんだ、これ」
「今、俺は君に俺が見ることのできる世界を見せているんだ。」
「…え、え?」
「いまときは動きを止めている…ように見えているけど、ちょっと違う。世界はとまっちゃいない。俺達が…軸から外れた場所にいるだけなんだ。たとえれば時計の針の根っこだ」
「わかんねぇ、わかんねぇ、なんだよ、お前。も、もどせよ。もどせよ!もどせよ!」
本当に、わからなかった。
ただ叫ぶことしかできなくて、めちゃくちゃに声を出す。
そんな少年を見て、目の前の彼は困ったように首をかしげた。
「…間に合わないんだろう?」
「そうだ!だからもどせ!どけ!」
「…戻したら、時が動いちゃう。ここから君の自転車で駅のなかまで…30秒かな」
青年が(夏だというのに!)着込んでいたコートの懐から何かを取り出して、見る。
「もう電車はあそこまできている。とまるまでにもう10秒もかからない。待ち合わせも無いからでていってしまうまでに15秒くらい。…間に合わないよ?」
「…あ、」
そこまできてやっと、少年はこの目の前の――よく見れば彼自身えもいわれぬ不自然さをかもし出す――青年の言いたいことを、理解した。
「なんで?」
問うと、
「大切な友達なんだろ?」
という答えが返ってきた。
「俺は君に…今までの会話で4分。今これからの時間で3分。合計で7分秒時間を上げよう。その間に駅に行くといい。時間が来れば自動的に君は元の世界に戻る、余り深く考えなくていい」
「で、でもそれじゃ瞬間移動みたいじゃね?」
「いや、違うよ?君はきちんと移動している。それは君を『目撃する』全員にきちんと伝わるさ。ただ――その過程が周りの認識に残らない。それだけのことだよ。」
「いみわかんねぇよ」
「それが普通だよ。」
青年はそういいながら、ようやく少年の前からどいた。少年は喜び勇んで自転車にまたがり、
「あ」
しかし思い当たることがあって青年に向き直った。
「…なあ、まさかお代は命だ!とか言い出さないよな」
そう問いかけると、青年は噴きだして笑いながら否定した。
「この!友人にもへたれキングと呼ばれるようなやつが!そんなこと言うって!?」
「なんだそれ」
「や、それも深く考えなくていいよ」
まだげらげらと笑いながら、青年は先ほど取り出した何かをぷらぷらと揺らして彼に見せた。
それは時計――なのだろう。
だが、(何かの宝石でできているのか)きらきらと光る文字盤には見たこともない記号が浮かび上がり、針が10本くらいあって皆それぞればらばらに動いていた。
中には逆行しているものさえあった。
目を丸くしてそれを見つめていると、青年がせかすように手をふらふらと揺らす。
「大丈夫大丈夫。お代は君の笑顔と感謝の気持ち、あとはほかの人にこのことを言わない…それだけで十分さ。それに」
「俺は時間泥棒なんだ。もしかしたら未来の君から…手持ち無沙汰にしている時間をこっそりと、ちょっとずついただいているかもしれない」
「さ、いきなよ。君の大切な友達に、言ってあげる言葉があるんだろう?」
「おう、ありがとう!」
少年は、力強く頷いた。
自転車にまたがり、猛スピードで駆ける。
駅の前で自転車から飛び降り、その自転車が横倒しになって滑っていくのを目の端に捕らえたまま改札へと向かう。
とまっている時をいいことに、改札をこっそり潜り抜けてホームへと降りる階段に足をのせる。
そこで、時が動き出した。
瞬時に、騒音が耳に戻ってきて思わず耳をふさぐ。が、すぐになれる――当たり前だ、いつもの音が聞こえているだけだ。
それよりも、成すことがある。少年は何段も飛ばして階段をくだり、そして、
電車が入ってくると同時に友人を、見つけた。
乗り込む彼の横顔に、叫ぶ。
「ゆたか!!」
驚いた彼が電車から顔をだし、何か言う。
が、親だろうか、危ないからとすぐに引っ込んでしまった。
しかしその代わり窓からひょっこりと首がでて――
「ゆたか、げんきでな!!」
その顔が、くしゃくしゃにゆがんだ。
「俺達ずっと友達だからな!!」
なんども、彼が頷く。
「ぜったい、また会おうな!!」
そして、電車は去っていった。
『止まっている』それと平行するように歩きながら、青年はもう駅が見えなくなりそうなのに今だ手を振っているポーズで動きをとめているもう一人の少年を一瞥すると、
「ちょっとだけユエににてる子だな」
そのまま道をそれてどこかへと消えていった。
「さて…当の本人に迷子だって報告するか、怒られそうだな」
誰にとも無く、そんなことをつぶやきながら。
―――もしかしたら明日にも 貴方にうわさが届くかもしれない
限られた人につたわる小さな都市伝説
自ら『時間泥棒』となのる、奇妙な人たちのこと
もしかしたら明日にも
貴方のすぐ、目の前に
不思議な時計を、ぶら下げながら。