従者の話



王都に近い貿易都市の大通りを少年が歩いていた。

燃えるような赤毛を風に揺らし、その瞳を真っ直ぐ前に向けたその姿はまるで威風堂々を体現するかのようである。 その身を周りの人々より一回り高価そうな服に包み、そして其れにつりあう良い剣を腰に差した少年は一見何処か良いところの箱入り息子――だが、よくよく見ればかすかに露出した場所から覗く地肌には大きいものから小さいものまで沢山の傷がついている。
ひときわ目立つのが顔についた鼻から左あごにかけての長い切り傷の痕。
そのお陰で端正な顔立ちの魅力が幾分か失われていたが、其れを上回る『何か』が少年を包んでいるために余り気になどならない。

そして彼の背を守るように、二人の青年がその後についていた。
彼らはまるで間に鏡でもあるのかと思うほどに左右対称。唯一違うところを上げるならばその瞳の色と武器。
片方、澄んだ蒼い瞳を持った青年は背丈ほどもある弓、もう片方、射抜くような紅の瞳をもった青年は古めかしい装飾を施されたハルバードを携えていた。

三人が持つ空気は最早『結界』とも呼ぶに相応しい力の領域。
うかつに手を出せば瞬く間に沈められるであろうことは少しでも戦闘を知るものならば容易に知れることだった。
それぞれの穏やかな表情とは似てつかないその空気は、たとえ彼らを知らないものでも振り向かせるに十分なもの。


だが暫く前より彼らはこの付近のちょっとした噂の種であった。



市民が噂を通じて知っているのは、その少年が、直系ではないもののこの国の王位継承者であること。
それゆえ直系の王子たちに疎まれ、王都への出入りすら禁じられていること。
命を狙われても、いること。
非常に『わがまま』であるということ。
何かと厄介事に首をつっこみ、二人の従者を日々振り回していること。

しかしその従者達は文句一つ言わず彼に常に付き従っていること。





そして、最近其処に新たな噂が加わった。
本当か否かはわからない。
だが、一つの逸話として、其れはささやかれていた。











彼らが泊まった宿屋の主人が彼らと少々踏み入った会話をする機会があり、その際に問うたのだという。
『あなた方が主君という方は貴方達を自分の独断で振り回していると聞きますし実際この数日間でそのような行動を見受けました、貴方達はそんな彼の方の動きに疲れたりはしないのですか』と。
その主人の言葉に、合わせ鏡の彼らは不思議そうな表情で顔を見合わせた後、同一の笑みを浮かべながらこう答えたらしい。

「独断、といいますがそれは少々間違いですよ。あの方が何かを決断されるときは必ず最善を考えていらっしゃいますし、俺達はその判断を信じています。それに何か迷いがあるときは必ず私達に意見を求めてくださいますし…それまで俺達が黙っているだけですよ。もしそれが間違いであれば共に間違うつもりです。俺達はあの方に命をもささげ、其れまで誰の剣をも借りることのなかったあの方は、その全てを受け取ってくれたのですからね。」

「だから俺達は付き従うのみ。この考えが理解できない方もいるでしょう。自分の事はどうなんだと、自分の幸せはどうなんだと仰る型もいるかもしれません。でも、これは俺達が自ら望んだこと。これが、俺達の幸せなんです。俺達は自分達の不安定な益の為だけに動くよりも、誰かの力になり、誰かの記憶に残り、この身体に何があろうとその誰かの中で行き続けることが出来ればと永遠を願ったんです。その願いを、」

「あの方はかなえてくださるといったから。」

「それに――」

「誰に――それこそ、あの方自身に――何を言われようと、何をされようと、そして何をさせられようとこれだけは分かっておりますから。」

「あの方は、なにがあろうと」


『俺達を裏切ることだけは絶対にしません』



そういいながら、二人の『同一』はまったく同じ動きで会釈し、主人に背を向けた。
その二人の視線の先に、彼らの姿を見つけて駆け寄る『主』の姿が、あったという。










先を行く少年が、ふと足を止めて背後を振り向く。
「どうかなさいましたか?」
問う赤に少年は少し間を置いてから、いや、と首を振った。
少年が、言おうと思った言葉は確かにあったのだが――最早その答えは分かっている。
彼らと共に歩んだこの数年間盲目に過ごしてきたわけではないし、彼だって市民の一人、噂くらいは耳にする。
分かっている。

だから、代わりに笑い、照れ隠しのように言う。

「ちょっと走るぞ!」

その言葉に彼らは頷く。何故だ、などと聞くことはしない。
それがただ――心地良かった。






***





そして大人になった少年は目を覚ます。
誰かが呼ぶ、声がしたのだ。
ゆっくりと伸びをし、堅苦しい儀礼用マントを今一度身につけ、彼はひょっこりと廊下に顔を覗かせる。
丁度其処では蒼の瞳と背の丈ほどもある弓を携えた男が、別の部屋から渋い顔をしてでてきた所で、いつか少年だった赤毛の男はふざけて
「ばあ」
と声をだした。
その声に顔を一層渋くさせ、蒼は溜息をついた。
「大事な式じゃないですか」
「俺が今まで一度でもそういうものの時間を守ったことがあったっけか」
「自慢になりませんよ」
「悪い悪い。でも眠気にはかてねぇんだよ、それに眠そうな退屈そうな顔でこの『大事な式』に顔をだせんだろ」
「それはそうですけどね…」
赤毛の男は、蒼の彼の一歩先に立つ。
そして歩き出せば、ここ10年ほど変わらない定位置に蒼が滑り込んだ。
そうやって進んだ先の大きな古めかしいドアの前で、もう一人の同一が待っていて、彼の為にドアを開けたあとその反対側の位置に立つ。


完璧だ、と『少年』は思った。


鳴り響くファンファーレを全身に浴び、完璧な三人は歩く。
特に望んでいたわけではないけれど選択肢に存在し、そして現実となったその場所に向けて。


「この後『散歩』に行こうぜ」
その途中背後の二人に、いつものように男は言い、

彼らは少し驚いてから苦笑して、




「仰せのままに、我等が『王』」








そう、変わらぬ誇りを持った声で、答えたのだった。



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