『犯人の話』




俺は刑事だ。
まあ、少なくともさっきまではそうだったはずなんだ。
だが今俺が座っているのはスチール製の椅子で、目の前には同僚であり親友でもある弘が渋い顔をして俺を見ていて――
はっきり言って、此処に居なくてはならない意味が分からなかった。

だって俺はきちんと――

「正昭、どういうことだ」
「そ、そんなの俺の方が聞きたいよ!一体なんなんだ!なんだって俺がこんな目にあわなきゃ――」
「それはお前が一番良く知ってるんじゃないか」
「はぁ!?」

弘は渋い顔を崩さない。こいつにとって俺は親友じゃないのか、いや、親友だからこそなのか?
俺は浮きかけた腰を椅子に深く預け、盛大に溜息をついて弘を見返す。

「…あのなあ…お前もきちんと分かってるだろ、俺は『マッドハッター』の件についての捜査で忙しいんだ。こんなとこで拘束されてる暇はないんだぞ」
「俺だってお前を拘束する趣味なんかないし、二つも陰惨な連続殺人事件抱えてるから人手不足だってのも分かってるっつーの。だけどな…これはしょうがない事で…」
「なんだってんだ、しょうがないことってなんだよ!いい加減本題に入れよ!」
「分かったが…嫌な話をしなくちゃならんから覚悟して聞け。こっちの…『オメガ』の方の件だが…」

そこで詰まる、弘。
俺は悟った。

「…まさか俺が重要参考人…もしくは容疑者として上げられている?」
「そういうことだ。いっとくが俺は信じてないぞ」
「あたりまえだ!ふざけるな!何を根拠にそんな!」

俺は思わず机を叩いた。
本来なら――本来なら、こんな動作、『お前がやったのはわかってるんだ!』とか言いながらするのが俺の役目なんだ。
そう思えば思うほど頭に血が上った。
そんな俺の剣幕に、つらそうな顔をして弘は額に手をやった。

「あのな…こっちの4番目の事件」
「なんだっけか…女子高生のやつか?」
「いや、それは5番目だ。会社員のほうだな。其れくらい覚えておけよ」
「んなこと言われたって俺は『マッドハッター』で一杯一杯なんだって。流石にガイシャは覚えてるが順番なんぞ覚えてねーよ」
「それもそうか…悪い。んでまあ、その4番目の事件な…その現場、見えにくいとこに監視カメラがあったんだが…ってのは聞いてるか?」
「ああそういえば其れは確かお前が見つけたんだっけな。んでお手柄だって話で…一部始終が映ってるんじゃないのか?」
「いや、正確には一部始終でなくその一部…ガイシャが現場に入る姿、其れを追う男、そして男だけがでてくる…それだけだった。しかしその分析結果が…」
「…俺に見えるって…いうのか」
「見える、じゃない。その服装もお前が持っている服に非常に良く似ている」
「それだけで俺を疑うのか!?物的証拠は!」
「…そんな物がないことくらいお前も分かっているはずだろ、今回の事件は二つとも犯人が狡猾だ…このビデオだけで奇跡ともいえるんだぞ」

信じられない。そんなことがあってたまるものか。俺は――
いや、まて。俺は深く深呼吸してから、ゆっくりと疑問を口にした。

「あのなぁ。ちょっといいか」
「…なんだ」
「今までなんの手がかりもなく、俺達…あ、いやこの場合お前達か…を振り回してきた犯人が、今更カメラの見落としだけで姿を晒すとお前は思ってるのか?」
「…」
「しかも映っていたのはその決定的瞬間だけ――おかしくないかよ?場所は駐車場なんだろ?カメラが一機だけしかないわけでもないだろうにその一機にだけ姿が映ってたのか?」
「そ、それは」
「それはぼろを出すのを最低限に抑えるためじゃないか?そして…俺自身の考えを言うならそれは俺を罠にはめようとしている誰かの犯行だろう。俺を知っている誰かで――俺に背格好も似ていて――しかも最近捜査が自分の近くに来ているから焦って…」

そこまで言って、俺ははたりと口を噤んだ。

まさか

そこで俺は会えて弘の肩ごしに、付き添いとしてきていた刑事に目をやった。
彼は――その顔を真っ青にしながら、目を見開いて俺を見ていた。
後ろ手にドアのノブを探っている。5秒もあれば彼は外に飛び出し、応援を呼びに行くだろう。

俺は其れを確認して、ゆっくりと視線を弘に戻した。

「…カメラ、お前が見つけたんだっけな」
「…」
「まるで捜査の網をかいくぐるように犯行を重ねるんで、警察内部かその関係者の犯行じゃないかって話もでてたな」

俺は、敢えて、問う。
激しい音をたてて開き、そして閉まる扉と刑事の叫び声をBGMにして。

「…なあ…何で俺よ?なんか恨んでる事でもあったのか?」
「…なんで俺に聞くんだ?っていうかなんで俺がいきなり容疑者扱いされてんだ?ただの憶測じゃないか」
「…」

じゃあさっきの俺みたいに力いっぱい否定したらどうだよ、とか。
その演技力で俺に罪を着せようとしてたのか、とか。
色々あるが口にはださない。
席を立ち、弘を見る。
弘に見返される。

俺は――

そのまま、部屋のドアを開けた。



これから俺は事情を説明することを迫られるだろう。俺は俺のやらなきゃならないことをやるだけだが、それでも俺はある一つの感情が沸くのを抑えきれなかった。




ああ。
ああ、こいつ。
さすが俺の親友だ。
気が合う、わけだ。








だが惜しい、俺の方が何枚か上手みたいだな。
焦ってそんなことをするから逆に足をつかまれたぜ。
俺みたいにきちんとやっていれば――そんな風に恐れることもなにもないというのに。






俺は思わず笑いそうになるのを必死で抑えつつ、神妙な顔つきで上司の質問に答えていく。
そして――



俺は仕事に思いを馳せた。



俺自身を追う仕事。
俺の芸術を第三者としてみる仕事。
そのスリル。
一歩間違えば弘のような立場になる危険。




最高だ。





そう思いわずかに走った興奮の震えを見逃さなかったのか、上司は悲しそうな顔で言う。
「そういえばお前はあいつと仲が良かったな…まだ聞くことがあるから仕事に戻すわけにも行かんが、暫く隣ででも休んでいなさい」


「はい…すみません… 嘘でもいいから…否定してくれればもっと希望を持てたんですが…ちょっとこれは」

俺はどうやっても隠せそうにない笑みを浮かべる口を 吐き気をもよおしたように片手で覆い、ゆっくりと隣の部屋を目指す。








更に有力な容疑者がでたとは言え俺の名はまだリストに載ったままだろう、暫くは行動を控えめにしておくか。
そんなことを、考えながら。




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